はじめに
生命の世界には、まるでファンタジーから出てきたような生き物がまだまだ潜んでいます。2025年に報じられたタイ・洞窟での発見はその好例です。全長わずか数センチ、小さなトゲが背中に並ぶ「プリンセスドラゴンミリピード(Desmoxytes chaofa)」は、進化、生態、生物多様性の意味を考えさせる興味深い存在です。本記事では、この新種ミリピードの発見の背景、形態、遺伝子分析、そして科学的・保全的な意義を、できるだけ丁寧に解説します。
1. 驚きの新種発見 ― タイ洞窟で見つかった「小さなドラゴン」

- 北タイ、メーホンソン県の Pha Daeng洞窟(石灰岩のカルスト地形)で調査が行われ、そこに岩の割れ目や湿ったコケのある壁をよじ登る、非常にとげとげしいミリピード(多足節動物)が発見されました。
- この種は Desmoxytes chaofa と命名され、「プリンセス竜ミリピード(Princess Dragon Millipede)」とも呼ばれています。
- 名前の “chaofa”(チャオファ)はタイ語で「王女」を意味し、自然保護に貢献したタイ王女への敬意が込められています。
2. 翼のない“竜”のような体:形態と生態のユニークさ

- D. chaofa の体長はおよそ 1インチ(約2.5 cm)、体節は20ほどあり、それぞれの節に尖った突起があります。
- その突起(スパイク)は、翼のように見えるわけではなく、小さな “鋸歯” のように体に沿って配置されており、まるで小さなドラゴンの背中の鱗を思わせます。
- 長い脚と細い触角を持ち、湿った岩の表面や隙間を滑るように移動。これらの特徴は、コケや湿った壁面への適応と考えられています。
- 発見時には、岩壁上で交尾行動が観察されており、生息地として洞窟の内部が重要な繁殖場所である可能性が示唆されました。
3. 遺伝子分析で確定 ― 完全に新しい種だった理由

- 発表された研究「Integrative Taxonomy Reveals Two New Dragon Millipede Species …」では、形態(体の構造)と分子データ(DNA)を組み合わせた包括的な分類学的手法が使われています。
- 遺伝子解析には、COI 遺伝子、16S rRNA、28S rRNA の3つの遺伝子断片が用いられ、これにより他の Desmoxytes 種との系統関係が精密に評価されました。
- 特筆すべきは、COI遺伝子における少なくとも 10 %以上の遺伝的隔たり が確認されたことです。これは、別種を示す十分な差異と判断されました。
- 論文では、D. chaofa に加え、別地域(タク県)で ピンクの脚を持つもう一種 の Desmoxytes も記載されており、洞窟環境がミリピードの新種多様性のホットスポットであることが示されています。
4. 鍾乳洞・カルスト生態系の重要性 ― なぜ洞窟でこんな種が見つかったのか?

- 洞窟(特に石灰岩カルスト地形)は、地上環境とは大きく異なるマイクロ環境を提供します。湿度が高く、温度変動が比較的小さいため、特異な適応を遂げた生物が進化しやすい場所です。
- D. chaofa の発見は、こうした “隠された生態系” がいかに多様性の宝庫であるかを改めて示しています。
- しかし、カルスト地形は石灰岩採掘や開発の脅威にさらされることが多く、生息地破壊のリスクも高いため、保全の観点でも非常に重要な対象です。
- 本種のような新種発見が、人々に洞窟生態系の価値を認識させ、持続可能な保護策を促すきっかけになるでしょう。
5. 科学および進化学的意義 ― なぜこの発見が重要なのか

- 分類学の深化:形態だけでなく分子系統を用いた統合分類学(integrative taxonomy)によって、新種を確定する手法がますますスタンダードになりつつあります。今回の発見はその成功例です。
- 進化の洞察:鋭い突起を持つ体節構造や特殊な脚の形状などは、生物がどのように洞窟の狭隘な空間や湿った岩面に適応したかを物語っています。これにより、進化のメカニズムや適応戦略の理解が深まります。
- 生物多様性の発見ギャップ:多くの新種は、人目に触れにくい場所(地下、洞窟、深海など)に潜んでいます。D. chaofa のような発見は、生物多様性の「知られざる部分」を解明する上で貴重な手がかりです。
- 保全科学への応用:新種を記載すること自体が、生物の存在を公式に記録することを意味し、それが保全政策の根拠となります。特に希少・狭域分布種であれば、絶滅リスク評価や保護の優先順位付けに直結します。
6. 今後の展望と課題

- さらなる洞窟探査:メーホンソン県以外の洞窟やカルスト地域でも調査を継続し、隠れた Desmoxytes 種の分布と多様性を明らかにする必要があります。
- 環境保護と資源管理:石灰岩採掘や観光開発に対する影響評価を行い、このような新種の生息地を守るためのガイドライン作成が急がれます。
- 長期モニタリング:洞窟内の微環境(温湿度、コケ分布、微生物相など)を定期的にモニタリングし、種の生息条件や繁殖行動を継続的に観察することで、生態学的理解を深められます。
- 教育・普及活動:このミリピードのユニークさを活かして、一般市民や観光客向けに洞窟生態系の魅力や保全の重要性を伝える取り組みも有効です。
総括
今回発見された プリンセス竜ミリピード (Desmoxytes chaofa) は、科学的にも保全的にも非常に価値の高い存在です。洞窟という隠れた生息地で進化したその形態や遺伝的な独自性は、生物多様性研究の最前線を象徴しています。同時に、この発見は「まだ知られていない生物」は世界中に多く存在し、それらを守るための行動が必要だという強いメッセージを投げかけています。
参考
- Integrative Taxonomy 論文:Desmoxytes chaofa を含む2種の新種記載 li01.tci-thaijo.org
- Earth.com による発見報告記事 Earth.com
- Hindustan Times による紹介記事 Hindustan Times
- BGR による「2種発見」の報道


