はじめに
「進化の空白」を埋める存在として注目されているのが、最近再発見された**オトフィス類(Ostariophysi)**の化石です。
オトフィス類は、コイ・ナマズ・カラシンなど、世界の淡水魚の約3割を占める巨大なグループ。
その進化過程には長い間“空白期”があり、どのように多様化したのかは不明でした。
しかし2025年、南米アンデスで発見された新たな化石により、この空白を埋める進化的中間種の存在が明らかになりました。
本記事では、オトフィス類の進化史、化石の発見、そして現代生物学における意義を解説します。
第1章:オトフィス類とは?

オトフィス類(Ostariophysi)は、硬骨魚類の中でも淡水環境に特化した進化系統で、以下の特徴を持っています。
- ウェーバー器官:聴覚を強化する骨性連結構造
- **空気嚢(swim bladder)**の神経連動
- 群れ行動に適した化学信号伝達
この独特な神経感覚系が、オトフィス類を地球上の淡水で最も成功した魚類群にしたといわれます。
しかし、この特徴がいつ・どのように出現したのかは長らく謎のままでした。
第2章:アンデスでの化石発見が“進化の空白”を埋めた

2025年、チリ・ラパス大学の古生物学チームが、アンデス山脈の湖成層から約7000万年前(白亜紀末期)のオトフィス類化石を発見しました。
この化石は既知のナマズ類ともコイ類とも異なり、次のような中間的特徴を持っていました。
- 頭蓋骨に部分的なウェーバー構造が存在
- 耳骨と浮き袋をつなぐ骨の一部が形成途中
- 顎の筋付着部位が原始的
- 鰭条の配置が現生ナマズに近い
これにより、オトフィス類が原始的淡水魚からの漸進的進化を経て形成されたことが裏付けられました。
研究チームはこの種を**“Proto-ostariophysus andinus”**と命名し、「オトフィス類の祖先的形態」として報告しています(Nature Ecology & Evolution, 2025)。
第3章:進化の方向を決定づけた“感覚器官の再構築”

注目すべきは、オトフィス類の進化で最も変化したのが神経感覚システムである点です。
化石解析から明らかになったのは、次のような進化の流れです。
| 段階 | 特徴 | 意義 |
|---|---|---|
| 原始淡水魚 | 感覚器は主に側線系 | 振動・水流の検知に限定 |
| Proto-ostariophysus | 骨性の音伝導構造が出現 | 聴覚拡張の始まり |
| 現生オトフィス類 | 完成したウェーバー器官 | 音・振動・圧力の複合感知 |
つまり、オトフィス類は「音を聴く魚」から「音で世界を感じる魚」へと進化したのです。
この変化は、群れ行動・捕食回避・繁殖シグナル伝達など、多様な生態行動の発展を支えたと考えられています。
第4章:ゲノム解析が示す“進化の再利用”

近年のゲノム比較研究(東京工業大学・2025)では、オトフィス類のウェーバー器官形成に関与する遺伝子群が、他の魚類でも平衡感覚や浮力制御に使われていた遺伝子を再利用していることが判明しました。
これはいわば、**既存の遺伝子ネットワークを再配置して新しい機能を生み出した「進化のリサイクル」**です。
さらに興味深いことに、この遺伝子群の制御領域は哺乳類の**内耳形成遺伝子(Pax2、Eya1など)**と類似性を示し、進化生物学的には「聴覚器官の共通起源」への手がかりになる可能性があります。
第5章:現生魚への影響と生態学的意義

この新発見により、現生のオトフィス類(コイ、ナマズ、ピラニアなど)の生態理解も大きく進みました。
特に注目されるのは、以下の3点です。
- 群れ行動を支える聴覚信号伝達の進化経路
- 河川環境の変化に対する聴覚的適応の強さ
- 環境音を利用した種間コミュニケーションの起源
これらの成果は、**環境音汚染(Aquatic Noise Pollution)**が魚類に与える影響を評価する上でも、重要な指標となりつつあります。
生物多様性保全の観点からも、古代の魚が語る“音の進化”は新たな環境科学のテーマとして注目されています。
おわりに
オトフィス類の研究は、単に過去の魚を知るだけでなく、「生物がどのように感覚を発達させ、生態系に適応してきたのか」という根源的な問いに答える手がかりを与えてくれます。
失われた7000万年の空白が埋まった今、私たちは“音で世界を感じる魚”の進化の道筋をより深く理解できるようになりました。
それは同時に、人間自身の感覚の進化を考える上でも、貴重な比較モデルになるのです。
参考リンク
- Nature Ecology & Evolution (2025)
- ラパス大学 古生物学研究チーム 公開報告書(2025年4月)
- 東京工業大学 生物学科「魚類ゲノムと聴覚進化」研究報告
- Science Advances (2024)


