生物の遺伝情報は、基本的にはDNA → RNA → タンパク質という流れで使われます。高校生物でもおなじみの「セントラルドグマ」です。
ところが、タコやイカなどの頭足類では、この流れの途中にかなり大規模な“書き換え”が入ります。DNAそのものは変えず、DNAから写し取ったRNAの塩基を編集して、最終的に作られるタンパク質の種類を変えるのです。
この現象はRNA編集(RNA editing)と呼ばれます。RNA編集自体は人間を含む多くの動物で起こりますが、タコ・イカ・コウイカなどのいわゆるコレオイド型頭足類では、タンパク質の設計情報まで変えるRNA編集が非常に多いことが知られています。
今回は、なぜ頭足類はそこまでRNAを書き換えるのか、そしてそれが神経機能や環境適応とどう関係しているのかを見ていきます。
RNA編集とは何を「編集」しているのか
頭足類で特に有名なのが、A-to-I RNA編集です。
これはRNA上のアデノシン(A)を、ADARと呼ばれる酵素がイノシン(I)に変換する反応です。イノシンは翻訳の際にグアノシン(G)に近いものとして読み取られるため、RNAの配列上では実質的にAがGのように読まれることになります。
もしこの編集がタンパク質をコードする領域で起きれば、コドンが変化し、DNAに書かれていたものとは異なるアミノ酸がタンパク質に組み込まれる場合があります。つまり、DNA配列を変えずにタンパク質の設計を変えられるわけです。
ただし、すべてのRNA編集がタンパク質の配列を変えるわけではありません。非翻訳領域などでも編集は起こります。その中でも、アミノ酸配列を変える編集は「recoding」と呼ばれ、頭足類ではこのrecodingが特に目立ちます。
なぜタコやイカのRNA編集は特別なのか
2017年にCell誌で報告された研究では、タコ、イカ、コウイカなどの複数種を比較したところ、行動や神経系が複雑なコレオイド型頭足類で、数万規模の進化的に保存されたRNA編集部位が見つかりました。
さらに興味深いのは、編集される遺伝子がランダムではなかったことです。RNA編集は特に神経系で多く、神経細胞の興奮性や形態、シナプス機能に関係する遺伝子に集中していました。
このことから、「頭足類の高度な行動をRNA編集が支えているのではないか」と考えたくなります。ただし、ここは注意が必要です。現時点で、RNA編集が多いからタコが賢い、と単純に因果関係が証明されたわけではありません。確実に言えるのは、頭足類が神経系に関わるタンパク質をRNAレベルで多様化する仕組みを、他の多くの動物よりも大規模に利用しているということです。
水温が変わると、タコはRNAの編集パターンまで変える
RNA編集の面白さがよく分かるのが、2023年にCell誌で報告された温度適応の研究です。
研究者はカリフォルニアツースポットダコ(Octopus bimaculoides)を異なる水温条件で飼育し、神経組織のRNA編集を比較しました。その結果、低温条件では2万か所を超える部位でRNA編集が増加し、最終的には1万3000以上のコドンが影響を受けることが示されました。
しかも、この変化は非常に速く、水温を変えると数時間以内に編集率の変化が始まり、数日ほどで新しい状態に安定しました。野生個体でも季節によって同様の傾向が確認されているため、単なる実験室内の特殊な現象ではないと考えられています。
つまりタコは、水温が変化したときにDNAの突然変異を待つのではなく、すでに持っている遺伝子のRNAを編集し直すことで、比較的短時間にタンパク質の性質を調整できる可能性があります。
実際にタンパク質の働きも変わる
「RNAの配列が変わる」と聞いても、それが本当に生物の機能に影響するのかは重要な問題です。
2023年の研究では、その具体例としてキネシン1とシナプトタグミンという神経系に重要なタンパク質が詳しく調べられました。
- キネシン1:微小管の上を移動し、神経細胞内で物質を運ぶモータータンパク質
- シナプトタグミン:神経終末でカルシウムイオンを感知し、神経伝達物質の放出に関わるタンパク質
RNA編集によってアミノ酸が置き換わると、キネシンの移動特性やシナプトタグミンのカルシウム結合特性が変化することが実験的に確認されました。
水温が変われば、タンパク質の反応速度や膜の性質、イオンチャネルの挙動なども変化します。神経系はこうした変化の影響を強く受けるため、RNA編集によって神経タンパク質の特性を微調整することは、変温動物である頭足類にとって大きな意味を持つと考えられます。
DNAの突然変異よりRNA編集のほうが便利なのか
RNA編集の大きな特徴は、変更が一時的であることです。
| 仕組み | DNAの突然変異 | RNA編集 |
|---|---|---|
| 変更されるもの | DNA配列 | RNA配列 |
| 持続性 | 長期的 | 一時的 |
| 細胞・組織ごとの調節 | 難しい | 可能 |
| 環境変化への応答 | 世代をまたぐことが多い | 個体の中で短時間に変えられる |
DNAを変えることは進化にとって非常に重要ですが、一度起きた変化を簡単に元へ戻すことはできません。一方、RNA編集なら、組織や環境条件に応じて同じDNAから異なるタイプのタンパク質を作り分けることができます。
これは、季節や水深、海流によって温度が大きく変わる海で暮らす頭足類にとって、かなり柔軟な仕組みといえます。
便利なRNA編集には「進化上の代償」もある
ここが頭足類RNA編集の特に面白い点です。
A-to-I RNA編集を効率よく起こすには、RNAが特定の立体構造、特に二本鎖状の構造を作る必要があります。そのため、編集部位の周辺配列もある程度保たれていなければなりません。
2017年の研究では、RNA編集部位の周辺DNA配列が強く保存されていることが示されました。つまり、RNA編集を維持しようとすると、その周辺では自由な突然変異が起こりにくくなります。
研究者らはこれを、「トランスクリプトームの可塑性」と「ゲノム進化」のトレードオフとして捉えています。
頭足類はDNAをどんどん変化させる代わりに、比較的保存されたDNAからRNAを多様に編集することで、タンパク質のバリエーションを増やすという進化戦略をとっている可能性があるのです。
人間にもRNA編集はある
RNA編集はタコだけの特殊能力ではありません。人間を含む脊椎動物でもA-to-I RNA編集は広く起こっています。
ただし、人間では編集の多くが非翻訳領域などで起こり、頭足類ほど大規模にタンパク質のアミノ酸配列を書き換える例は多くありません。
この違いがあるからこそ、頭足類は「RNA編集によってタンパク質機能を調節するとはどういうことか」を研究する非常に重要なモデル生物になっています。
まとめ:タコはDNA以外にも「調節可能な設計図」を持っている
タコやイカのRNA編集を見ていると、遺伝情報は単なる固定された設計図ではないことが分かります。
DNAは基本となる設計図ですが、RNAという中間段階で情報を編集することで、同じ遺伝子から異なるタンパク質を作ることができます。特に頭足類では、この仕組みが神経系で大規模に利用され、環境温度に応じて編集率まで変化します。
一方で、その柔軟性を維持するためにはDNA配列を保存しなければならず、ゲノムそのものの進化速度を制限する可能性もあります。
「DNAを変えずに、RNAを変えて適応する」。
頭足類は、私たちが考える遺伝情報の使い方よりも、はるかに柔軟な仕組みを進化させてきた生物なのです。
参考文献
- Liscovitch-Brauer N, et al. (2017) Trade-off between Transcriptome Plasticity and Genome Evolution in Cephalopods. Cell 169:191–202.e11. doi:10.1016/j.cell.2017.03.025
- Birk MA, et al. (2023) Temperature-dependent RNA editing in octopus extensively recodes the neural proteome. Cell 186:2544–2555.e13. doi:10.1016/j.cell.2023.05.004
- Albertin CB, et al. (2015) The octopus genome and the evolution of cephalopod neural and morphological novelties. Nature 524:220–224. doi:10.1038/nature14668


