はじめ
皮膚は私たちの最大の臓器であり、多種多様な微生物(細菌・真菌・ウイルス・さらにはダニ類)が共生しています。これらの「常在菌」は単なる付着物ではなく、皮膚の健康を支える重要な役割を果たしており、疾患との関係、嗅覚(体臭)への影響、さらには新しい治療法開発のターゲットにもなっています。本稿では、研究の最新知見を踏まえつつ、実践に役立つポイントも織り交ぜて「6つの見出し」に沿って詳しく解説します。まずは基礎から入って、応用(治療/ケア)まで順を追って見ていきましょう。
1. 皮膚常在菌とは?〜基本の構成と「場所依存性」

- 皮膚上の微生物は部位ごとに大きく異なります。脂腺の多い部位(顔のTゾーンや胸部)はCutibacterium(旧Propionibacterium)が優勢で、湿った部位(脇、足指間)はCorynebacteriumやStaphylococcusの比率が高く、乾燥部位(前腕など)は多様性が高くなります。これは皮膚の油分、pH、温度、毛包密度などの微小環境が強く影響するためです。
- 菌叢の構成は個人差が大きく、年齢、性別、生活習慣、薬剤使用、出産様式や乳児期の初期定着などで影響を受けます。
2. 代表的な常在微生物と、見落とされがちな“マイナー勢”

主要なグループ
- Cutibacterium acnes:脂性皮膚や毛包に多く、脂質を分解して皮脂代謝に寄与。特定の株はニキビ(尋常性ざ瘡)に関わる可能性があります。
- Staphylococcus epidermidis:常在のブロック役で、抗菌ペプチドを出して病原体を抑えることが知られています。
- Corynebacterium属:脇など湿った場所に多く、皮膚上での代謝産物が体臭の一部を作ります。
- Malassezia(真菌):脂性部位の常在真菌で、皮脂を栄養源とし、脂漏性皮膚炎やアトピーの一部と関連することがあります。
研究で注目されるもの
- 皮膚ウイルス叢(virome)とバクテリオファージ:バクテリオファージは細菌集団を制御し、菌叢バランスに影響を与えます。
- 古細菌(Archaea)や土壌由来の低頻度種:少数ながら安定して検出される例があり、皮膚の代謝環境に微妙な影響を与える可能性があります。
- ダニ(Demodex)とその共在菌:特に顔面の毛包に生息し、ロザケア(酒さ)との関連が示唆されています(最近の研究で注目)。
これらのは、表面的な菌種リストでは見落とされがちですが、局所環境や免疫状態が変化すると病態に関与することがあります。
3. 皮膚常在菌の主要な機能 — 体を守る“見えない盾”

主な働き(要点)
- 病原体の競合排除:定着した常在菌は栄養や定着場所を占有し、病原菌の侵入を防ぎます。
- 抗菌物質の供給:S. epidermidisなどは抗菌ペプチドや酵素をつくり、外来菌を抑えます。
- 免疫教育:幼少期の菌叢は皮膚免疫(マクロファージ、樹状細胞、T細胞)を”訓練”し、過剰な炎症を回避する働きに寄与します。
- 皮脂代謝・pH維持:Cutibacteriumは脂肪酸を生じ、皮膚表面のpHや微生物環境を維持します。
実験的裏付け:マウスやヒトの研究で、常在菌を失わせる(抗生物質・消毒の過剰使用など)と病原性的な菌に対する感受性が上がることが示されており、適切な菌叢が「防御」に寄与することが分かっています。
4. 常在菌と代表的皮膚疾患 — 「原因」よりも「バランスの崩れ」が鍵

疾患別の関係(簡潔に)
- ニキビ(尋常性ざ瘡):Cutibacterium acnesの全体量の増加だけでなく、株(phylotype)差や生産する物質(炎症促進因子や外膜小胞)が重要で、健常者でもC. acnesは存在します。
- アトピー性皮膚炎(AD):炎症期にはStaphylococcus aureusの増殖が観察され、菌叢多様性の低下と関連します。
- 酒さ(ロザケア):Demodexダニとの関係や、それに伴う共在細菌が炎症を誘導する可能性が示されています。
- 皮膚真菌症・脂漏性皮膚炎:Malasseziaの関与が示唆されています。
臨床的インパクト:多くの場合で「単一菌が原因」というよりは、菌叢のバランス崩壊(dysbiosis)が疾患を促進します。したがって治療も単純な“殺菌”から、菌叢を調整するプロバイオティクス的アプローチや選択的な微生物ターゲティングへと移行する研究が進んでいます。
5. 研究手法と実務上の注意点 — サンプリング/解析の落とし穴(技術的視点)

主要なサンプリング法の比較
- スワブ(綿棒)法:手軽で非侵襲的。表面の微生物を捕捉します。
- テープストリッピング:角層を剥がすことで表面下の菌も採取でき、培養可能菌の回収に優れる場合があります。
- スクレイピング/スクラブ法、パンカップ法、穿刺/生検:より深部や毛包内の菌を採る目的で使われます。
研究比較ではスワブとテープストリッピングで組成は大きく崩れないとする報告があり(ただし深さ・培養可能性で差が出る)、サンプリング法は研究目的に応じて選ぶ必要があります。
6. 実践的ケアと未来の治療(実例・応用)

日常ケアの指針(科学的に妥当な範囲)
- 過度な洗浄や強い界面活性剤の多用は、皮膚バリアと常在菌を傷つける可能性があります。低刺激の洗浄、適正な保湿、pH調整を意識しましょう。
- 長期的・広域スペクトラムの抗生物質や頻繁なアルコール消毒の常用は菌叢多様性を低下させるので注意が必要です(職場では手指衛生の重要性とバランスが問われます)。
- 食事、睡眠、ストレス管理も間接的に皮膚菌叢に影響します。
消費者への注意喚起
商品のスローガンや「〇〇由来の善玉菌配合」といった表記は魅力的ですが、効果を標準的に評価するための研究デザインや長期安全性の検証が不十分な場合があります。購入・使用前に成分やエビデンス(第三者評価)を確認してください。
まとめ(すぐに使えるチェックリスト)
今日からできること
- 過度な洗浄は避け、低刺激で毎日の保湿を心がける。
- 抗生物質や強力な消毒剤の長期多用は控える(医師の指示がある場合を除く)。
- 顔・体で洗浄・保湿のルーティンを分ける(部位特性に合わせる)。
- ニキビや慢性皮膚炎で悩む場合は「菌叢バランス」を考える治療オプションについて専門医に相談する。
参考
- Grice EA, Segre JA. The skin microbiome. Nat Rev Microbiol. 2011.
- Byrd AL, Belkaid Y, Segre JA. The human skin microbiome. Nat Rev Microbiol. 2018.
- Ogai K, et al. A comparison of techniques for collecting skin microbiome samples: swabbing versus tape-stripping. Front Microbiol. 2018.
- Niedźwiedzka A, et al. The Role of the Skin Microbiome in Acne. 2024 (review).
- Taglialegna A, et al. Cutibacterium improves skin condition / engineered C. acnes research. 2024.