はじめに:生物は“中身”がこんなに違う
私たちは日常で多くの生物に触れていますが、実は「生物の体の中身」がどれほど多様で、どのように進化してきたのかを詳しく知る機会は多くありません。
同じ“生き物”でも、
- 心臓の構造
- 呼吸器の形式
- 消化器官の複雑さ
- 神経系の発達度
- 生殖戦略
など、内部構造は驚くほど異なっています。
この記事では、生物学を学び始めた方や科学好きの読者に向けて、生物の体内構造の違いを7つの視点から徹底解説します。
一般的な比較だけでなく、あまり知られていないマイナーな構造や、生物学の研究で重要となる内部形態のポイントも紹介します。
1. 無脊椎動物と脊椎動物 ― “身体の基本設計図”が違う

まず、生物の内部構造を語るうえで重要なのが「体の基本設計図」です。これは、生物学では**体制(ボディプラン)**と呼ばれます。
▼ 無脊椎動物の特徴
無脊椎動物は地球上の動物の 95%以上 を占めています。内部構造は多様で、以下のような特徴があります。
- 骨格の代わりに外骨格(昆虫・甲殻類)
- 水圧で形を保つ水圧骨格(ミミズ・ナマコ)
- 神経系は「はしご状」「神経網」など単純系が多い
- 消化器は単純な袋状(クラゲなど)から管状まで多様
▼ 脊椎動物の特徴
- 背骨(脊椎)を中心とした構造
- 内骨格で体を支える
- 体内の主要臓器は発生段階で決まった位置に形成
- 神経系が高度に発達し、中枢神経が明確
脊椎動物は多くの臓器を共有していますが、無脊椎動物はグループごとに“全く異なる身体”を持つため、比較すると非常に面白い領域です。
2. 呼吸器官の多様性 ― エラ・肺・気管そして皮膚呼吸

呼吸のしくみは、生物の内部構造の違いが最もはっきり現れる部分です。
▼ エラ呼吸(魚類・甲殻類)
- 水中の酸素を取り込むため、表面積が広く複雑な構造
- 血液と水の流れが逆向きの“逆流交換”で効率アップ
- カニのエラは空気中でも一定時間機能(湿潤環境が条件)
▼ 肺呼吸(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類)
特に鳥類はマイナーですが
肺以外に“気嚢”を持つ
という特異な構造をしています。
- 空気が一方向に流れるためガス交換効率が極めて高い
- 飛翔による大量の酸素消費に適応
▼ 気管呼吸(昆虫)
昆虫の体内は哺乳類のような「肺」があるわけではありません。
- 気門→気管→気管支→細胞へ直接
- 血液は酸素運搬をしない
- 巨大化を妨げる要因にもなっている(酸素拡散の限界)
▼ 皮膚呼吸(両生類・ナマコ・ミミズ)
マイナーですが非常に重要な呼吸形式です。
- 両生類は皮膚呼吸で酸素の 20–80% を獲得
- ミミズは皮膚の粘液膜でガス交換
- ナマコは“呼吸樹”という特殊器官を使用
3. 循環系は「開放」か「閉鎖」かで別世界になる

循環系は体内構造の中でも進化学的に重要な分野です。
▼ 開放血管系(昆虫・多くの無脊椎動物)
- 血液(体液)が体腔に放出され臓器を直接浸す
- 血圧は低い
- 酸素運搬の機能は弱い(昆虫ではほぼ不使用)
▼ 閉鎖血管系(脊椎動物・イカ・ミミズ)
- 血管内だけを血液が通る
- 高血圧を維持でき、酸素運搬能力が高い
- 大型化・高速移動に必須
面白い点として、無脊椎動物なのに高度な閉鎖系を持つ生物としてイカ・タコが挙げられます。
彼らは心臓が 3つ あり、効率的な血液循環を実現しています。
4. 消化器構造の進化 ― 草食・肉食・微生物共生の裏側

生物の内部構造で特に差が出やすいのが消化器官です。
▼ 草食動物
- 長大な腸
- 微生物発酵室(反芻胃・盲腸)
- セルロース分解を微生物に依存
草食動物は“進化的に微生物を飼っている”と言っても過言ではありません。
▼ 肉食動物
- 胃酸が強い(pH1台)
- 腸は短く、消化効率が高い
- タンパク質・脂質中心の食生活に特化
▼ 雑食動物
- 柔軟性の高い腸構造
- 微生物叢の多様性が高い
▼ マイナー生物の消化例
- ウニ:内部の“アリストテレスの提灯”という独自の咀嚼装置
- 線虫:非常に単純な直線的消化管
- クラゲ:袋状の腔腸で消化と排泄が同時
5. 神経系の違い ― 神経網から大脳皮質まで

神経系は生物の高度化に直結する内部構造です。
▼ 原始的な神経構造(刺胞動物)
クラゲ類は**神経網(nerve net)**と呼ばれる網状構造を持ちます。
これは脳のような中枢がなく、刺激が全方向に広がる単純な形式です。
▼ はしご状神経系(環形動物・節足動物)
左右の神経索を“はしご”のように連結した構造で、より高度な運動制御が可能です。
▼ 脊椎動物の脳
- 大脳皮質
- 小脳
- 延髄
- 脊髄
特に哺乳類は大脳皮質の発達が著しく、記憶・学習・感情制御など高度な脳機能が実現しています。
▼ マイナー知識
タコは脊椎動物ではないにもかかわらず、脳神経細胞の数が猫に匹敵し、高度な行動学的能力を持ちます。
6. 排出・浸透圧調節の仕組み ― 腎臓・マルピーギ管・原腎管

体内の余剰物質や塩分濃度を調整するシステムも多様です。
▼ 腎臓(脊椎動物)
- ネフロンで濾過・再吸収・分泌
- 水分量の調整
- 尿素や代謝老廃物の排出
▼ マルピーギ管(昆虫)
- 体腔液を管に吸い上げて排泄物を濃縮
- 腎臓に相当するが水分節約能力が高い
- 乾燥地帯での生存に強い理由
▼ 原腎管(プラナリア・線形動物)
- 体表近くにある“炎細胞(flame cell)”が特徴
- 原始的な浸透圧調節機構
7. マイナーだけど重要!生物の“レア構造”6選

読み物としても楽しめる、生物学のレア内部構造を紹介します。
① クモの“糸腺”
- 7種類以上の腺を使い分けて糸を作る
- 粘着、牽引、包囲など用途に応じて化学組成が違う
② ナマコの呼吸樹
- 肛門から水を取り込み、内部でガス交換
- ウミウシ類とは全く異なる構造
③ ホヤの“血液の向きが周期的に逆転する”循環系
- 一定時間ごとに拍動方向が変化
- 進化的に非常に珍しい循環システム
④ センチュウの単純神経系
- 302個の神経細胞ですべてを制御
- 生物学モデルとして有名(C. elegans)
⑤ カメの“お尻呼吸”
- 冬眠中に総排泄腔から酸素を取り込む
- 低代謝での生存戦略
⑥ コウモリの翼の毛細血管網
- 皮膜が薄く血管が密集
- 温度調節とガス交換に役立つ
生物の体内構造の多様性は、まさに進化の歴史そのものです。
参考
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