玉ねぎを切るとなぜ涙が出る?目を刺激する物質と酵素の仕組み

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玉ねぎを切った瞬間、目がツンとして涙が止まらなくなる。料理ではおなじみの現象ですが、実はこれは単に『玉ねぎのにおいが目にしみる』からではありません。玉ねぎの細胞が壊れることで複数の酵素反応が始まり、揮発性の催涙因子(lachrymatory factor)が作られるためです。

この記事では、玉ねぎを切ってから涙が出るまでに細胞内で何が起きているのか、なぜ植物がこうした硫黄化合物を持つのか、そして涙を減らすには何が理にかなっているのかを生物学・化学の視点から解説します。

結論:細胞が壊れると「催涙因子」が作られる

玉ねぎを包丁で切ると、それまで細胞内で隔てられていた成分と酵素が接触します。まずアリイナーゼという酵素が含硫アミノ酸由来の前駆体に作用し、反応性の高い中間体を生じます。さらに催涙因子合成酵素(lachrymatory-factor synthase; LFS)が働き、揮発性の催涙因子である(Z)-propanethial S-oxideが作られます。

2002年にImaiらがNatureで報告する以前は、催涙因子はアリイナーゼ反応の副産物として自然に生じると考えられていました。しかし研究によって、LFSという別の酵素が催涙因子の生成を担うことが示されました。

なぜ切る前の玉ねぎでは涙が出ないのか

ポイントは細胞の区画化です。生きた植物細胞では、反応すると刺激性物質を作る成分がむやみに混ざらないよう配置されています。ところが切る、刻む、すりつぶすと細胞膜や細胞小器官が壊れ、普段は離れている酵素と基質が一気に出会います。

つまり涙を生む仕組みは、玉ねぎが傷ついたときに初めてスイッチが入る化学反応です。ニンニクなどでも組織を傷つけることで特徴的な硫黄化合物が生じます。詳しくはニンニクや玉ねぎを切ると臭くなる仕組みも参考になります。

催涙因子はどうして涙を出させる?

(Z)-propanethial S-oxideは小さく揮発しやすいため、切った場所から空気中へ広がります。それが目の表面に届くと刺激として感知され、目を守るために涙の分泌が増えます。涙は異物や刺激物を洗い流し、眼表面を保護する防御反応でもあります。

よく『玉ねぎの成分が涙と反応して硫酸になるから痛い』という説明を見かけますが、現在の説明としては単純化しすぎです。重要なのは、玉ねぎ自身が酵素反応によって催涙性の揮発性化合物を作り、それが眼表面を刺激するという点です。

玉ねぎはなぜ硫黄化合物を作るのか

植物は逃げることができないため、さまざまな二次代謝産物を利用して環境に対応します。玉ねぎを含むネギ属は硫黄を含む化合物に富み、これらは独特の香りや辛味にも関係します。玉ねぎの辛味には遺伝的な違いもあり、硫黄代謝に関係する遺伝子と辛味との関連も研究されています。

こうした植物の二次代謝産物という視点では、フラボノイドが植物で果たす役割も同じく興味深い例です。人間にとって味・香り・栄養成分として認識される物質も、もともとは植物側の生理や生存戦略の一部です。

涙を減らすにはどうすればいい?

仕組みから考えると、対策は大きく反応を遅くする、揮発した物質を目に届きにくくする、細胞を余計につぶさないの3方向です。

1. よく切れる包丁を使う

切れ味の悪い包丁で押しつぶすように切ると、より広い範囲の細胞を破壊します。よく切れる包丁で必要以上につぶさず切ることは、反応物が一度に混ざる量を抑えるという点で合理的です。

2. 玉ねぎを冷やしてから切る

温度を下げると一般に酵素反応や分子の揮発は遅くなります。冷蔵した玉ねぎを使う方法は、催涙物質が短時間に大量に目へ届くのを抑える方向に働くと考えられます。ただし凍結させると食感を損なうことがあるため、通常の料理なら冷蔵程度が扱いやすいでしょう。

3. 換気する

催涙因子は揮発性なので、換気扇などで空気の流れを作り、顔の方向へ滞留させないことも理にかなっています。目を完全に覆うゴーグルなら物理的に接触を防げますが、普段の料理では換気の方が手軽です。

「涙が出ない玉ねぎ」は作れる?

可能です。LFSの発見後、この酵素の働きを抑えることで催涙因子を大幅に減らせることが実験的に示されました。2008年のPlant Physiologyの研究では、RNA干渉によってLFS遺伝子を抑制した玉ねぎでLFS活性と催涙因子が大きく低下し、同時に硫黄系二次代謝物の組成も変化しました。

つまり『涙を出させる仕組み』と『玉ねぎらしい硫黄化合物の代謝』は密接に関係していますが、まったく同じものではありません。酵素の働きを理解することで、味や香りを考慮しながら催涙性を下げる育種・食品開発につなげられます。

まとめ

玉ねぎで涙が出るのは、切断によって細胞が壊れ、アリイナーゼとLFSを含む反応系が動き出して揮発性の催涙因子を作るためです。目に届いた催涙因子は刺激として感知され、眼表面を守るため涙が分泌されます。

身近な『料理中の涙』も、細胞の区画化、酵素、植物の硫黄代謝、防御反応という生物学につながっています。食品の味や刺激を生物学で見ると、普段の台所にも植物が進化させてきた化学反応が隠れていることが分かります。

参考資料

  • Imai S, et al. An onion enzyme that makes the eyes water. Nature. 2002;419:685. DOI: 10.1038/419685a.
  • Eady CC, et al. Silencing Onion Lachrymatory Factor Synthase Causes a Significant Change in the Sulfur Secondary Metabolite Profile. Plant Physiology. 2008;147:2096–2106.
  • McCallum J, et al. Genetic Mapping of Sulfur Assimilation Genes Reveals a QTL for Onion Bulb Pungency. Theoretical and Applied Genetics.
  • USDA Agricultural Research Service, Allium / Onion research resources.
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